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東京歴史散歩 ②皇居東御苑
2010 / 12 / 21 ( Tue )
前回の記事で、将門の首塚には怨霊伝説があると書きましたが、
先日、tsukupia☆で、歴女&墓マイラーのまるおさんにお聞きしたところ、
あそこは、かなり危ない場所だそうです
大丈夫だったかな?
ま、一応、ちゃんと拝んでおいたから大丈夫でしょう・・・ということで(笑)

その後は、皇居東御苑へ。
かつて、江戸城本丸があったところですね。
明治政府が東京に入った時に、本丸跡を避けて、皇居を作ったので、
この本丸跡地は、今も東御苑として、一般に無料で公開されています。
歴史ファンとしては、嬉しいですね。

この大手門から入ります。
皇居といえば、いまやランナーたちのメッカですね!(笑)
kokyootemon01.jpg
kokyootemon02.jpg

入るとすぐに、いくつかの番所が。
昔は数々の検問をくぐり抜けなければならなかったんですね。
kokyohigashigyoen01.jpg
kokyohigashigyoen02.jpg

こちらは、富士見櫓。
明暦の大火で天守が焼失してからは、
将軍は、もっぱらここから江戸を眺めていたようです。
kokyohigashigyoen03.jpg

そして、ここが忠臣蔵の松の廊下!
「殿中でござる!」の刃傷事件が起きた場所ですね。
kokyohigashigyoen04.jpg

刃傷に及んだ浅野内匠頭や切られた吉良上野介がどんな思いだったんだろう?
と、思いを馳せてしまいますね。

子供の頃から歴史が好きですが、昔は、淡々と史実のことを知るのが楽しかっただけで、
実際の場所とか事件の当事者の思いとかには、あまり興味ありませんでした。
でも、今は、実際に事件が起きた場所に行ったり、
その時、事件の当事者がどんなことを考えていたんだろうと思いを馳せたりするのが
歴史の醍醐味になっています。

この時代ともなると、史実は疑いようもないぐらい正確に記録に残されていますが、
当事者の感情や事件を起こした動機までは、まだまだ残されていないんですよね。
そこに思いをはせるのが面白いところです。
今の世になると、ブログとかtwitterとかいろいろあるから、
感情までも、どこかしら記録に残されてますよね(笑)

ところで、この場所は以前にも、アメリカの知人夫妻を案内したことがあるんです。
そのとき、英語で忠臣蔵を説明するのに、とても苦労しました。
僕の貧弱なボキャブラリーだと、
浅野が吉良に侮辱されて、吉良に切り付けたため、浅野は"harakiri"させられた・・・
みたいな説明になり、味もそっけもない陳腐な三流ドラマになり下がってしまいます^^;

さて、いよいよ天守の跡へ。
kokyohigashigyoen05.jpg

石垣の中腹から庭園を眺めます。
ガイドに書いてあった地図を元に色分けしてみました。
kokyohigashigyoen06.jpg

一番向こう緑色部分が「表」と呼ばれる公的行事や幕府役人の執務がおこなわれる場所。
真ん中あたりの青色部分が「中奥」と呼ばれる将軍の日常生活や執務の場。
そして、一番手前の赤色部分がかの有名な「大奥」。
将軍の妻や家族が住んでいた場所ですね。
時代劇によく出てくるのはここかと思うと、感慨深いですね。

石垣の一番上まで登って、ビル群を眺めます。
kokyohigashigyoen07.jpg

最後に、こちらは二の丸庭園。
kokyohigashigyoen08.jpg

こんな風に皇居東御苑散策を楽しんだ後は、桜田門の方へ向かいます。
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